昭和45年3月、国士舘大学を卒業し、水城高校へ赴任、以後36年間勤務、生徒、私自身を含め、選手、監督として数多くの全国大会、国体に出場し優勝もありました。一番の思い出は今から14年前の平成9年、茨城県初の大学、高校合同の選抜チームによる海外交流実現を成し遂げたことでした。先輩諸先生達が何回か計画しても実現できなかっただけに、感慨深い思い出です。平成18年3月 31日、定年1年前に退職、翌日の4月1日、県都水戸に新しい柔道団体を立ち上げました。無心塾柔道倶楽部と命名し指導者6名、塾員12名で、代表の勤務先であった水城高校道場を借りてスタート、6月より緑岡中学校に練習場を移し10月30日まで基本重視の練習でした。11月からは、7月から工事を進めていた待望の柔道場が完成したので、団体名を無心塾飯島道場と改め、塾生は、口コミもあってか35名に増えていました。
道場開設の目的は、地域に密着した、明るく、のびのびとした環境で練習する、健全育成です。また、塾生の心構えとして、「はい」という素直な心、「ありがとう」という感謝の心、「私がします」という奉仕の心、「すみません」という反省の心、「おかげさま」という謙虚な心、の五つの項目を掲げました。塾生に完全に浸透しているかどうかは定かではありませんが、お互いが、協力していることは少し評価出来ると思います。
私たちの住んでいる水戸市は、水戸黄門で有名ですが、柔道という武道としては、剣道の、水戸東武館が有名すぎてマイナーでした。以前は水戸にも、高崎道場、森島道場、石黒道場、丹尾道場、長須賀道場、錬心館と六つの道場が有りましたが、そのいずれもが活動をやめるか、存在はしません。そんな中に新しい道場を建設して、果たして軌道に乗せることが出来るのか一抹の不安もありましたが、現在の世の中を見ると、大人も子供も自由奔放で、挨拶も、マナーもまるでだらしなく、学校教育だけでは追いつかないことが、沢山有りすぎると思い、今こそ武道、とりわけ柔道の果たす役割は大きいと感じ、柔道を愛する若者達の協力を得ながら4年が経過、怖いぐらい順調で、現在に至っております。
無心塾は、地域密着の謳いどおり、3年前から、地域の集会などにも利用され 、少しではありますが、お役に立てていると思います。
現在の日本は、少子高齢化が進み、年寄り天国ですが、今いる子どもたち本来誰もが持っている子供らしさ、そしてお年寄りを大切にする優しい心、これを引き出してやる事が、柔道を通して私たちに与えられた使命だと思います。残りの人生も少なくなってきましたが、人生一生修行の連続です。生有る限り、動ける限り頑張る所存ですので、皆様方のご協力をお願いし挨拶と致します。
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